アリスのままで(2014年アメリカ)

Still Alice

これは実に惜しい映画だと思う。

コロンビア大学で長年にわたり言語学の教員として奉職しながらも、
同じく大学で医学部の研究者として勤務する夫と共に、3人の子供を育て上げ、
順風満帆な日々を過ごしていたように見えていた女性が、あまりに頻発する物忘れや迷子を危惧し、
神経科の診療を受診したところ、遺伝性の若年性アルツハイマーと診断される様子を描いたドラマ。

主演のジュリアン・ムーアが自身5回目となる、12年ぶりオスカー・ノミネーションで
ついに念願のアカデミー主演女優賞を獲得したことで話題となりましたが、
本作でのジュリアン・ムーアの熱演は、確かにオスカーの価値が十分にある素晴らしい芝居だと思う。

やっぱりこういう内容の映画って、
とってもパーソナルな部分が多くて、どこかセンシティヴな側面を持った映画になると思うんだけど、
ジュリアン・ムーアが絶妙なまでに巧くって、映画に見事に“命”を吹き込んだと言ってもいいと思う。

但し、最初にも記した通り、この映画はとっても惜しいと思う。
原作がどうなっているかは知りませんが、特に映画の最後はとっても中途半端だなぁと感じる。

せっかくのジュリアン・ムーアが頑張り、映画に“命”を吹き込んでいるのですが、
若年性アルツハイマーと直面することになった家族の現実に、強く訴求するエンディングではなかった。
これが大きいですね。どこか表層的な感じであって、映画が掲げるテーマに肉薄し切れなかった印象が強いです。

監督のリチャード・グラツァーは2011年にASLと診断され、
本作をプライベートのパートナーであるワッシュ・ウェストモアランドの協力を得ながら、
日々病状が進む中で映画製作に執念を燃やし、残念ながら2015年に他界されたようですが、
おそらくは異なる病いとは言え、自身の闘病と重ねながら描いていた面はあったことでしょう。

できることであれば、闘病を見守る家族の視線というものは、もっと訴求して欲しかった。

映画自体は、若年性アルツハイマーという現実と直面している方々にとって、
少し複雑な想いにかられる要素はあったと思います。でも、僕はそこは映画というメディアの普遍性を
重視する上で、映画とは関係のないイデオロギーやプロパガンダのような個人の思想とは切り離して考えるので、
あまり問題視していないのですが、それを差し引いても本作は、あまりに性急な終わり方をさせてしまったと感じる。

それが結果として、映画に悪い意味での中途半端さを残してしまった所以なのかもしれません。

それは突然やってきます。
ただの“度忘れ”かと思っていた物忘れの頻度が多くなり、日常生活でも目立ってきます。
家族が気付くということもありますが、何より本人の自覚がでてくると、症状はかなり進行しています。
物忘れだけではなく、約束をすっぽかす、家の中が荒れ放題など、日常生活に支障をきたしていきます。

若年性アルツハイマーの場合は、特に進行が速く、家族も大変な介護となりがちです。
家族のそうとうな理解は必要不可欠ですが、地域社会から孤立しないようにしなければならず、
介護をする側の家族が、周りが見えなくなってしまうと、より大変な状況とへ追い込まれてしまいます。

長期記憶は意外にしっかりしたものですが、これは有名な話しとして、
やはり長期記憶と短期記憶は、記憶をしまう“引き出し”が異なるようで、一般に短期記憶ができなくなっていきます。

本人の自覚も伴ってくると、どこか苛立ちを隠せなくなり、
猜疑心に支配されたかのように、表情も乏しくなっていき、常にボーッとしたような空気になっていきます。

勿論、これは一例にしかすぎないので、必ずしも同じとは限らない。
患者数分だけのパターンがあるでしょう。それでも、本人は勿論のこと、家族も大変な状況になることに
変わりはなく、現代医学の限界で、進行を多少遅らせることができたとしても、完治させる治療はありません。

映画の中でも描かれているのですが、僕が注目したのは
ジュリアン・ムーア演じる母親であるアリスが、自身の病気を夫、そして子供たちに告白するということです。

これはとても勇気のいる第一歩であり、とてもシリアスかつナイーブな部分です。
しかもMRI、細胞の検査と診断が進むにつれて、遺伝性のあるアルツハイマーであることが明らかになり、
アリスはそれも含めて、家族に打ち明け、検査をして欲しいと子供たちにお願いしなければならなくなります。
もっとも、アリス自身、日々進行していくアルツハイマーの症状と闘い続けているにも関わらずです。

それまでできていたことができなくなっていき、
元々、言語学者あったという職業柄、認知機能の衰えを感じ取るセンサーは敏感に働くであろう。
アルツハイマーという病いを自覚しながらも、家族のこと、自身の今後のことを考えなければならない。

そして、家族としてアリスの告白を聞くというショックと、待ち受ける現実。
これらが複雑に絡み合う、とても深遠なテーマを内包した、映画としても難しいシーンだったと思います。

本作はそこを絶妙に上手く描けているし、そこからアリスの症状が加速度的に進んでいき、
家族も次第にアリスのアルツハイマー病と向き合って、介護に対する考えを確立していくプロセスを
描くという点では、とても上手く描けていると思います。そこはシリアスになり過ぎることなく、とても上手かったです。

だからこそ、映画のエンディングがどこか中途半端に映ってしまった。
これ以上のことは描けないのかもしれないけど、例えば遺伝性という観点から検査をする、
或いは検査をしないと決断するに至る、それぞれの苦悩にフォーカスするなど、もっと描くべきファクターはあった。
映画でも一部描かれていますが、そこには様々な葛藤があったはずで、アリスの想いは張り裂けんばかりなはずだ。

ここは本作には、しっかりと対峙してもらいたかった。
と言うか、本人と病気は勿論のこと、この映画の場合は特に敢えて、家族とのコミュニケーションを
中心に映画を描写していく手法をとっていることから、家族をもっと描くべきだったと思う。
そういう意味では、どこか夫を演じたアレック・ボールドウィンの扱いも、良くはなかったかもしれない。

もっともっと複雑な感情が入り混じりながらも、どうしたいという夫としての希望があるはずで、
どうやっても折り合いのつきにくい感情を、どう折り合いをつけていくのかという点で、もっとしっかり描いて欲しかった。

そこさえキチンとしていれば、絶賛できたくらい完成された映画だと思う。

(上映時間101分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 リチャード・グラツァー
   ワッシュ・ウェストモアランド
製作 レックス・ルッツス
   ジェームズ・ブラウン
   パメラ・コフラー
原作 リサ・ジェノヴァ
脚本 リチャード・グラツァー
   ワッシュ・ウェストモアランド
撮影 ドゥニ・ルノワール
編集 ニコラ・ショドールジュ
音楽 イラン・エシュケリ
出演 ジュリアン・ムーア
   アレック・ボールドウィン
   クリステン・スチュワート
   ケイト・ボスワース
   ハンター・パリッシュ
   シェーン・マクレー

2014年度アカデミー主演女優賞(ジュリアン・ムーア) 受賞
2014年度全米俳優組合賞主演女優賞(ジュリアン・ムーア) 受賞
2014年度イギリス・アカデミー賞主演女優賞(ジュリアン・ムーア) 受賞
2014年度ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞主演女優賞(ジュリアン・ムーア) 受賞
2014年度シカゴ映画批評家協会賞主演女優賞(ジュリアン・ムーア) 受賞
2014年度ワシントンDC映画批評家協会賞主演女優賞(ジュリアン・ムーア) 受賞
2014年度サンフランシスコ映画批評家協会賞主演女優賞(ジュリアン・ムーア) 受賞
2014年度サウス・イースタン映画批評家協会賞主演女優賞(ジュリアン・ムーア) 受賞
2014年度ヒューストン映画批評家協会賞主演女優賞(ジュリアン・ムーア) 受賞
2014年度ロンドン映画批評家協会賞主演女優賞(ジュリアン・ムーア) 受賞
2014年度ゴールデン・グローブ賞主演女優賞<ドラマ部門>(ジュリアン・ムーア) 受賞
2014年度インディペンデント・スピリット賞主演女優賞(ジュリアン・ムーア) 受賞